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3年経って 
昨日が立秋だったというのが嘘のように、今日も暑い1日です。
ダンナは今朝、中体連の九州大会に参加するため福岡に出掛けて行きました。
明後日まで私とバニくーはお留守番です。

今日は初めて一人で「網戸の張り替え」というものをやってみました。
うちは玄関を上がってすぐ脇にトイレがあるのですが、
その扉の手前には1畳ほどのスペースに手洗い用の小さな流しと小窓がついています。
玄関には犬たちのトイレもあるので、
朝起きたらこの小窓を開けて風を通すのが日課なのですが
昨日の朝見たら、小窓の網戸がバリッと破れていたのです。
網戸の枠に沿って裂けていたので自然に劣化したのだと思います。
仕方なく昨日1日は小窓を開けずに締め切っていたのですが、
犬トイレの匂いがこもるし、夕方には西日が入ってきて熱までこもるし、
このサイズなら張り替えの練習に私一人でもできるかな・・・と思って
早速ホームセンターで材料を調達してきました。

張替え用の網のラベルの裏に書いてある手順をよくよく読んで、いざ交換作業。
途中ちょっと手こずりましたが、
たるみやヨレもあまり目立たず思ったより綺麗にできました。
(プロがやるみたいにピン!とはできませんでしたが)
これなら大きなサッシ窓の張替えもできそうかも~( ̄m ̄*
ダンナが留守ばかりでアテにならないおかげで、どんどん器用になってしまう(笑)

・・・・・・・・・・・・

ここからちょっと長くなります。

以前の日記から読んで下さっている方はご存知だと思いますが
3年前の今日、高校時代からの親友が急逝しました。
彼女(Jちゃん)は『親友』という一言では片付けられないほど
「友人」であり「恩人」で「パートナー」で、肉親以上に「家族」と思える
私にとって初めて巡り逢えた心底信頼と愛情を寄せられる存在でした。
そんな彼女を失って3年・・・・・
彼女より4つも年上になってしまった事が信じられません。

以下は、初めて命日を迎えた年の日記の写しです。


今日、8月9日は昨年亡くなった親友の命日です。
いつもは飾り棚の中であみぐるみ達に囲まれている写真立てを出し、
お花とお線香をあげました。暑かったので冷たいお水も。
でも何だか、それは単に『命日』という事に対する儀式のようで
「彼女が死んで、もういない」という事とは
今でも私の中で結びつかずにいる気がします。
その後は朝食の片付け、洗濯、掃除、散歩、、、
なるべくいつも通りに過ごすつもりでした。

午後。
買い物から帰った後、買ってきたチョコレートを食べようとして
ふと思いつき「Jちゃんも食べる?」と写真の前に供えました。
写真の中のJちゃんに「美味しいねぇ」と話しかけた瞬間
何故だか涙がポロポロこぼれてきました。
前はよくJちゃんちに遊びに行って、
一緒にケーキやお菓子を食べながら長いことお喋りしたっけ。。。
Jちゃんが隣に居てくれたらなぁ、と無性に思いました。
まだまだ些細なきっかけで涙があふれてくる私・・・
心にポッカリと開いた穴が、1年前からまるで小さくなっていないことに
改めて気付かされます。

ここ何日か、何かを考えようとしても頭に霞がかかったみたいで
思考が深い場所に行けずに上すべりしているみたいな感じでした。
泣いてもいないのに思い切り泣いた後みたいな、
あるいは、
中途半端に長く寝過ぎてしまった時のようなボンヤリとした感じ。。。
何かの拍子に涙腺が緩まないように、考えることを脳が拒否してたのかな。
なんて・・・結局泣いちゃいましたけどね。

あぁ、Jちゃんに会いたいなぁ。。。
忘れる事はできないと思うけど、こんな寂しさはいつか薄れていくのかな。
元々、夏は好きではないのですが、
これからはますます苦手な季節になりそうです。



今年もほとんどこの日記と変わらない日を過ごしました。
毎年この日が近付くと、何だかボンヤリとして深く物事を考える事ができません。
早く立ち直って自分の足で歩き出さなければいけないと思う反面、
彼女を失くした寂しさは他の誰にも埋められないと思い知るばかりです。
だけど・・・・・

私は、不幸にしてお子さんを亡くされたご両親数組に、
死ぬのは恐いですかと聞いてみたことがあります。
お聞きした全員が、死ぬのは恐くありませんと答えました。その理由はこうです。
「だってその時、やっとあの子にもう一度、会えるような気がするんです。
 その時まで恥ずかしくない生き方をしようと思っています」
          (名取芳彦・著「般若心経、心の大そうじ」より)


親子と友人という立場は違いますが、私もまったく同じ事を思っていました。
こんな想いを抱えて生きている人は、きっとたくさんいるんですよね。
3年経った今も彼女のことを思うとメソメソしてばかりだけど
いつかは私もJちゃんに胸を張って会えるような生き方ができたら・・・と思います。

最後に。
新聞の書評から、全文を読んでみたくてネットで探した詩です。

・ニッポン放送/うえやなぎまさひこのサプライズ!「10時のちょっといい話」
 『最後だとわかっていたなら』 ノーマ・コーネット・マレック 作



今日はコメント欄は閉じます。
去年の命日にはあえてブログには何も書かなかったのですが
今年はちょっとつぶやいてみたかったので・・・・・
追記を最後まで読んで下さった皆さん、ありがとうございました<(_ _)>
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